レム睡眠劇場 残業の帰り道怖いマン
いつものメンヘラの妄想話です。
私は猛烈に転職を考えている。
私は観葉植物を扱う中小企業に勤めている。
オフィスはベッドタウンにあるので通勤電車は常に伽藍堂だ。
今日も都市部へ向かう満員電車を反対方面のホームから眺めていた。
あれに乗っていたら、車内のエアコンの黴臭さと、人の脂、体臭とで今頃マーライオンだったかもしれない。
寒いくらいの冷房で瞼が重くなる。
お次は終点、比良坂に停まります。
環状線は乗り換えです。左側のドアが開きます、ご注意ください。
the next station is Hirasaka
station number t-22
please change here for JR line
thank you for taking the subway
口元が緩んで涎を垂らしかけたあたりで覚醒した。
私が最後の乗客だったようだ。
改札を出ると、すぐそこにある公園を通り抜ける。
ここを通るのが一番の近道なのだ。
生い茂る緑で、真昼だというのに暗い道を歩く。
小雨のようにパラパラと降る八日目のセミをFENDIの傘が弾く。
繁盛期なので運悪く残業担当になってしまった。
今日は日付をまたぐ頃までの勤務になる。
17:00 通常業務が終わると、スタッフ達はパラパラと帰宅していった。
オフィスは私を除き無人だ。
ここからの私の仕事は高額品種のお手入れと、夜間の通常管理である。
倉庫に薬品を取りに行く。
開いている段ボールがなかったら、新しい箱を開けなきゃ。
デスクにカッターを忘れてしまったが、全ての段ボールに切り込みが入っていた。
いつも人知れず、ダンボールのガムテープに切込みを入れてくれる人がいるのだ。
私はそれを紫の薔薇の人と勝手に呼び、崇拝している。
観葉植物では、斑が入った個体だととたんに市場価格が跳ね上がる。
そういったお値段の高い商品の保管庫に入ると、視界の端で何かがきらめいた。
私の日傘の柄だった。
FENDIの刻印の入った金色が場違いに瞬く。
ロッカーに入れたはずの日傘はシマトネリコの枝に引っかかっていた。
柄に反射したシマトネリコの斑が私を見つめていた。
見つめているのは私のはずなのに、一方的に見つめられているような感覚。
1人きりの孤独感が少し和らぐ様な気がして、そのまま作業を続けた。
植物用栄養剤を開けて攪拌機に放り込む。
時間毎に土のpH、温度を測定する。
アラームが鳴りだした。
水耕栽培のゾーンへの水の供給圧が高いようなので調節をする。
水耕栽培のゾーンは、夜間も耐えず植物を成長させるため、如何わしいストリップ劇場色のLEDで照らされている。
排水側のピンチコックが緩み気味だったようだ。少し強めに締めてやると、供給圧は正常値を示した。
小さいながらも鬱陶しいアラームが止まる頃には23時になってしまった。
早く帰らないと終電がなくなってしまう。
荷物と、枝にかかっていた傘を掴み、社員証をリーダーに翳す。
オートで施錠が掛かり、本当にオフィスから締め出されてしまった。
ベッドタウンということもあって辺りは真っ暗だ。
ねっとりとした夜の外気が纏わりついて、不快な汗を分泌した。
駅へと足を進めると、道の端に納豆のタレが等間隔で並べられていた。
意味がわからなかった。
信号に差し掛かる。
この街では夜間は信号が作動しないらしい。
止まる気配のない信号を待ち続けているであろうサラリーマンは虚ろな目で何かぶつぶつと囁いていた。
歩道橋を通ることにした。
橋の部分にもなると、鬱蒼とした木々のスクリーンが破れて、星一つない濃密な夏の夜が広がっていた。
どろりとした湿度と深い黒は、開けている筈の宙に閉塞感を持たせている。これが闇というのだろうか。
FENDIの柄は煌めきを損なっていなかった。
歩道橋の階段を降りる、
私とは反対に登ってくる(仮)女性(仮)がいた。
階段を降りる私とは同じ未来を見ているはずなのに、足取りは過去を辿るように階段を登っていた。
つまりは後ろ向きに階段を登っていた、ということだ。
意味がわからなかった。
若いうちに子供産め、結婚しろとかいう気持ち悪い脂の塊のようなおっさん達も、1人で仕事独占して満足していると思ったらヒステリー起こす指導係も、年明けて採用取り消しを送り付けてくる企業も。
私は電車に飛び乗った。
終電には駆け込み乗車に訝しげな視線を突きつけるような輩は乗っていなかった。
皆虚空を見詰めているか、目蓋の裏側を見詰めているか、真の意味での不感症になっているのかもしれません。
窓の外には猛スピードで移ろう闇が見えるだけ。
ここは終点比良坂駅。
次は-任意の駅名-です。お出口は左側に変わります。